大阪の芸術・文化拠点実現への思い

  • 2017.11.16 Thursday
  • 17:40

京都市立芸術大学 藤本英子先生から、NPO大阪美術市民会議の機関紙 VOL.9「大阪新美術館特集」への寄稿のご依頼を頂きました。

昨日、冊子が届きましたので、ブログにUPさせていただきます。

 

皆さんご存知のように、待ちに待った大阪新美術館が2021年度の開館に向けて本格始動。今回、この特集号への寄稿という貴重な機会を頂き、また、古巣のペリクラークペリアーキテクツから1995年当時の中之島4丁目地区のマスタープラン図、大阪新美術館の設計者、遠藤克彦さんから、断面図をご提供いただき、本当にありがとうございました。

 


 

以下、高原の寄稿原稿です。

株式会社HTAデザイン事務所  代表 盡狭税

 

―引き継がれる大阪の芸術・文化拠点実現への想いー

 

私と国立国際美術館(国美)プロジェクトへの関わりの始まりは、米国建築家、シーザー・ペリの日本事務所(当時社名 シーザー・ペリ&アソシエーツジャパン)の担当者として、1995年、当時の建設省(現国土交通省)が実施した公募型プロポーザルへの応募からである。

デザインコンセプトの柱は以下の二つ、

一つ目は、”Dignity”(威厳)のある美術館より、市民が気軽に入りやすい美術館にすること。二つ目は、地区全体を「ビューコリドー」という考え方で、川と川に挟まれた中之島地区をつなぎ、連続性を持った、大阪が世界に誇る芸術・文化拠点のゲートウェイとなるとなること。

を計画の柱とした。

当時の中之島4丁目地区将来構想には、既存の市立科学館、国美、その北側敷地では大阪市立近代美術館(仮称)、舞台芸術総合センター(仮称)、大阪大学中之島センター、民間の商業施設が計画されていた。

私たちは、国美の敷地を超えてマスタープランを提案し、美術館、国土交通省、大阪市を交えて、合同会議を定期的に行った。

その中で、特に重視したのは、国美のある南側ゾーンと大阪市立近代美術館新美術館(仮称)のある北ゾーンを歩行者レベルでの連続性を確保することあった。

私たちの計画では、国美側の広場(OP+5.0レベル)を北側に向かって階段とスロープでOP+6.25レベルまで上げて、幅約60mのブリッジを設ける計画とした。実際に、国美側は境界近くまでブリッジを迎えに行く形状となっている。

 

つい先日、新美術館設計者の遠藤克彦氏に設計コンセプトを直接お聞きする機会があった。その中で、宙に浮いた黒いボックスと地面の間の透明な部分は、「パッサージュ」と言われる市民に開かれたパブリックゾーンである。 ここは、敷地境界を越えて道や周辺と連続する軸であることを知ることができ、私たちが、20年前に提案していた「ビューコリドー」の考え方は、この「パッサージュ」で実現されることを確信した。

建築の設計者が与えられた敷地を超えたデザインを実現するには、そこに関わる多くの関係者や市民の理解、協力が不可欠である。私も新美術館の完成を20年以上待ち続けた大阪を愛する市民の一人として、微力ながら応援してゆきたい。と同時に、国美の設計監理担当者として、この地区が一体となって世界に誇れる芸術文化の発信ゾーンとなり、市民が芸術文化に気軽に触れ合うことができる場所になることを強く願っている。

 

 

 

 

 

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